激励・応援の言葉はがんばって!をちょっと変えて言うとよい
「がんばって!」を少しだけ変えると響くひと言になる 激励の言葉や励ましの言葉は、私たちがコミュニケーションをとる中でも、難しいものがあります。
励ましの言葉といったら?
ここで、「励ましの言葉」といったら、どんな言葉でしょうか? と質問をしたとすると、大方の人が、「がんばって!」をあげるのではないでしょうか。
残酷な言葉の「がんばって!」
よく言われるのが、「がんばって!」という言葉は、励ましている方はしっかりと励ましているように感じているかもしれませんが、声をかけられたほうは違います。
俺、もうこんなに頑張ってるのに、もうこれ以上どう頑張ればいいんだよ。
となってしまい、言われたくない言葉のトップかもしれません。
頑張ってるのに頑張れって、勝手なことを言わないでくれというようになり、相手の気持ちを逆なですることにもつながりかねません。
すでに本人がいろいろと努力を重ねてきているところに、周囲から「がんばって!」と言われても、それでやる気が改めて出てくるというものでもなく、余計なこと言わんでくれとなる確率のほうが高いのです。
上司が部下に「がんばって!」は言うべきではない
部下に仕事を頼んで、頑張っている部下に「がんばって!」というようなことを言うと、部下は、
何言ってるんだよ。こんな仕事押し付けておいて、その当人ががんばれって無責任だよな
というようなことにもなりかねません。
それがたとえ自分が楽をしたいから部下に仕事を依頼したのではなく、部下の成長を願って、多少荷が重い仕事を頼んでいたとしても、部下はやらせておいて「がんばって!」は無責任だと思うかもしれません。
「がんばって!」と似てるけど全然違う言葉
似てるけど全然違うとは矛盾した言い方ですが、「がんばって」の言い回しをちょっと変えるだけで、伝わるニュアンスは全然かわってきます。
その言葉とは
「がんばってるのね」「がんばってきたのね」
です。
同じ「頑張る」という動詞を使って、ちょっと言い換えただけです。だから似てるけど全然違うのです。
「がんばってるのね」は、言われたほうからすると、自分の頑張りを認めてくれたんだとなります。
そして、声をかけてくれた人に対して、この人はちゃんと見ててくれたんだと感じ、信頼感がアップするのです。
「がんばるのもいいんだけど、あまり無理するなよ」というような言い方だと、部下は慰労されたと感じて、理解のある上司として再認識されるのです。
そして、モチベーションがあがり、もっと頑張ってやろうとなるのです。
同じ動詞でも、表現方法をちょっと変化させるだけで、これだけ相手が受け取るニュアンスも変わってくる、コミュニケーションの難しさを実感させられる一例なのかもしれません。
アトピー性皮膚炎は、汗をかいたほうがよくなる
皮膚が痒い(かゆい)と、うっとうしくてついつい掻(か)いてしまいます。
しかし、痒い皮膚を掻いてしまうと、皮膚が刺激に対して敏感になり、より痒くなってしまうという悪循環に陥ってしまいます。
成人にも意外と多いアトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎の患者数も年々増加傾向にあり、厚生労働省の平成26年の患者調査によると、アトピー性皮膚炎の総患者数は推計45万人いると言われています。
これとは別に、厚生労働科学研究では、2006年から2008年にかけてのデータですが、成人のアトピー性皮膚炎有症率について、次のようなデーターも出ています。
アトピー性皮膚炎の年代別有症率
20歳代 10.2%
30歳代 8.3%
40歳代 4.1%
50~60歳代 2.5%
アトピー性皮膚炎というと子供の病気というイメージもありますが、特に20歳代の女性の有症率も高く、30歳代の若い成人いおいても頻度の高い皮膚疾患である可能性が示されています。
https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/atopic_GL2018.pdf
)
アトピーの人は汗をかいたほうが良い
若い成人にも意外と多いアトピー性皮膚炎ですが、皮膚が痒くなったときの不快感、ついつい掻きたくなる衝動に悩まされている人がそれだけ多いことになります。
アトピー性皮膚炎の場合、汗をかくと悪化してしまうというイメージがあり、アトピー性皮膚炎の人は汗をかくことを恐れて、運動を控えたりします。
しかし、そのイメージとは逆で、汗を十分にかかないと、アトピー性皮膚炎の症状が悪化する可能性があるのです。
汗をかかないアトピー性皮膚炎の患者
アトピー性皮膚炎の患者さんは、健常人に比べて汗の量が少ない傾向にあることがわかっています。
汗の量が少ないとどうなるかというと、汗による気化熱により皮膚にたまった熱が発散されるのですが、それが発散されず中に熱がこもってしまうことになります。
その結果、肌が痒くなりやすくなってしまうのです。 また、アトピー性皮膚炎の人は、自律神経、中でも交感神経の乱れが起こり、それにより発汗機能が低下します。
アトピー性皮膚炎という状態
アトピー性皮膚炎になっていると、肌のバリア機能が損なわれ、角質の水分量が低下してきます。 そしてその角質の水分量は発汗の影響を受けるということが証明されています。
なぜならば、放置していると、それが痒みを引き起こすことがあるからで、汗をかいたら速やかに洗い流すことが大切です。 すぐに洗い流せないといった場合は、おしぼりなどで拭きとるとよいでしょう。
汗をかかないことによる影響
汗をかかないとどうなるのでしょうか。
汗は、保湿作用、感染防御作用、体温・皮膚温度の上昇作用などがあります。
つまり、汗をかかないでいると、保湿作用が弱くなり肌の乾燥につながりますし、細菌などの感染がおこりやすくなります。
また体温や肌の温度が上昇することによる刺激で痒みが増してしまいます。
汗はかいたほうが良いのだが、一点だけ注意が必要
汗はかいたほうが良いのですが、1つだけ注意が必要です。 それは、汗をかいたらそれをそのまま放置しないということです。 皮膚が痒い(かゆい)と、うっとうしくてついつい掻(か)いてしまいます。 しかし、痒い皮膚を掻いてしまうと、皮膚が刺激に対して敏感になり、より痒くなってしまうという悪循環に陥ってしまいます。
アトピー性皮膚炎の患者さんは、健常人に比べて汗の量が少ない傾向にあることがわかっています。
汗の量が少ないとどうなるかというと、汗による気化熱により皮膚にたまった熱が発散されるのですが、それが発散されず中に熱がこもってしまうことになります。
その結果、肌が痒くなりやすくなってしまうのです。
また、アトピー性皮膚炎の人は、自律神経、中でも交感神経の乱れが起こり、それにより発汗機能が低下します。
アトピーの場合は、しっかりと運動をして汗を出し、汗をかいたら速やかに洗い流すか、おしぼりで拭きとることが大切です。
制服・ユニフォームと色の関係
制服・ユニフォームと色の関係 制服というと、昔は一般の企業でも女子社員などの制服がありましたが、最近は民間の企業では制服を義務化しているところは少なくなってきているようです。
そうはいっても、制服は学生はもちろん、警察官やガードマン、銀行員をはじめ、いろいろな制服がありますし、サッカーや野球などのスポーツのチームにもユニフォームがあります。
色のイメージ
制服の色はさまざまですが、警察官やガードマンは濃い紺色のものが多くなっています。
これは、人間の行動に及ぼす色彩の色と深く関係をしています。 色彩が及ぼす心理的効果については、いろいろと言われています。
一般的には次のように言われています。
白 : 清潔・純潔・解放感・純真
黒 : 重厚・格調・風格・威厳
赤 : 情熱・興奮・怒り・積極性・躍動性
青 : 冷静・清潔・爽快感・解放感・鎮静
黄 : 注意・愉快・幼児性・無邪気・明朗
緑 : 自然・休息・息吹・新芽・安心・平和
桃 : 恋心・かわいい・愛・甘え
制服の色と心理
警察官やガードマンの制服をみると、だいたいが黒~濃い紺色をしています。
これは、威厳や厳格さをイメージさせる色になっています。
警察官の色がピンクだったことを想像すると、とても違和感があります。かわいい警察官といって泥棒からなめられてしまいかねません。
テレビに出てきているミニスカポリスなどは、本物の警察官とは違いますので、明るい青やピンク色でよいのです。
婦警さんでも、着ている制服がもし、違った色だったら・・・
結構イメージ変ってしまい、威厳がなくなってしまいます。
企業の謝罪会見に出てくる社員のスーツの色
最近は、企業の謝罪会見も多くなってきているように感じますが、謝罪会見に出てきてる社員のスーツの色をみると、たいていが黒~濃い紺色のダークスーツになっていると思います。
もし、謝罪会見に、役員陣が白~薄い色のスーツででてきたら、イメージとして軽く感じてしまい、反省していることが伝わらなくなってしまいます。
このくらい、色というものは、人に与えるイメージが大きいのです。
同じ重さなのに・・・
面白い実験があるのでご紹介します。
まったく大きさも重さも同じ段ボールを3種類、色だけ違うものを用意し運んでもらうというものです。 色は、黒・薄緑・白の3色。
その結果、同じ大きさ重さにもかかわらず、運んだ人の多くが、黒の段ボールを重く感じ、白のダンボールを軽く感じ、薄緑はその中間という結果が出たのです。
これも心理的に、黒は重厚なイメージだから重い、白や明るい色は軽快で軽いというイメージからきているのでしょう。
店の回転率を上げる色ってあるの?
店を経営している人だと、お客様の回転率というのも気になるところですが、店内の色によっても回転率が変わってくることがわかっています。
赤系や茶系といった色は、滞在時間を長く感じさせる効果があることから、回転率をあげるために、店の色を暖色系を中心にするといったことも行われているようです。
人間はあえて聞かないと話してくれる
大切な友達が人生のピンチにという場面になったとき、なんとか力になってあげたいという気持ちはよくわかります。
聞けば聞くほどしゃべらない
友達が陥った人生のピンチはいろいろあると思います。
仕事で失敗をして降格してしまった、彼氏・彼女と別れてしまった、離婚してしまったなどいろいろだと思います。
それとなく友達がピンチだと知ったとき、すぐに友達に電話をかけていろいろと根掘り葉掘り聞きだそうとする人がいます。
友達をどうにかしてあげたい、何とか力になりたいという気持ちわかるのですが、これではデリカシーに欠けると思われても仕方ないでしょう。
場合によっては、単なる興味本位で聞いているのではないか?と勘繰られてしまうことだってあります。
友達がピンチのときこそそってしておく
自分がもし友達の立場だったらどうか考えてみれば、すぐにわかると思います。
降格してしまって人に合わす顔がないと思っていたり、離婚してしまったので恥ずかしいからなるべく当面は人と話したくない、彼氏・彼女と別れたばかりなのでしばらくはそっとしておいてほしいと考える人が多いと思います。
そんな時、どこから聞いたのかわからないけど電話がかかってきて、
「おまえ、彼女と別れたんだって? それでどうだったの? 力になるからさ、詳しく聞かせて!」
こんな風に言われても、話す気にはならないでしょう。
友達自身が話を聞いてほしいと思うまでは、そっとしておくのが礼儀というものです。
それでも友達が心配、何とか話を聞けないか?
そっとしておくのが一番といわれても、大切な友達のことがからどうしても気になってしまうという人もいると思います。
もちろん、こんなときに根掘り葉掘り尋問のようにいろいろ聞き出そうとしても、うざったがれるだけです。
普通はストレートに
「自分でよかったら話を聞くよ」
「なんでも話してみて」
というように声をかけてしまいがちですが、場合によっては友達から押しつけがましいと思われてしまい、かえって逆効果になるリスクもあります。
こんな時は、次のように声をかけてみるとよいでしょう。
「誰にだって話したくないことはあるよね。無理に寄港なんて思わないよ。」
このような言い回しにしてみると良いでしょう。
こういう逆説的な言い回しは心に刺さって、この人になら話してみようとなるものなのです。 人間とは不思議なもので、 「勉強しなさい!」 と親からしつこく言われると、子供は勉強をする気すら失せてしまいます。
ところが、 「いいのよ、気が済むまで遊んでいなさい」 なんて言われると、自分はこのまま本当に遊んでいていいのだろうか?と思い、勉強しないとダメだなという気持ちが芽生えてくることもあります。
相手が話したくなるようにもっていくには、あえて「誰にだって話したくないこおはあるよね」というように、他の友人とはちょっと違った言い方をすれば、あなたにいろいろ話してくれるかもしれません。
選挙関連の広報でいろいろなことがわかってしまう怖さ
本日、選挙に関連して市議の立候補者の広報が入っていました。
新聞の一面の大きさのスペースが6等分され、そこに候補者のアピールポイントが記載されています。
数十名の候補者が載っており、それを全部読むのも大変です。
この広報を見ていて、つくづく伝える力というものの大切さを考えさせられました。
広報を見ていると、その人の政治的に目指すところがどうであるかは別として、自分をアピールする能力があるか、人にいろいろなものを伝える能力があるか、相手の立場や心理を考えて行動ができるか、どういった性格なのかというところまで、紙一枚で透けて見えてきてしまうところがあり、怖いなと感じました。
読む側の心理
普通に読んでいっても、数十名の候補者がアピールしている文字を1つ1つ読んでいくのは、よほど政治に興味がある人でないと難しいのではと思います。
候補者の中に知人とかがいれば、その人の部分はじっくり読みますが、その他の候補に関しては、ざっと目を通す程度という人が大半のような気がします。
ちょっとした時間に広報に目を通すといっても、新聞の1面の大きさのところに6人分、それが数枚もあると、普通はそれだけで全部読む気は失せてしまいます。
そんなもの読むより、資格試験の勉強をしたり、ビジネスに役立ちそうな本を読んだほうたよっぽど有益だし、面白いテレビを見たり、ゲームでもしていたほうが、ストレス発散にもなり精神衛生上のことを考えるとよっぽどマシと思ってしまうでしょう。
特に、活字離れ・新聞離れの現代、ニュースなどでも、テレビのニュースをみて、興味あるものだけネットニュースでヘッドラインをチェックし、その中でも必要なものを取捨選択して読むということに慣れた人たちは、まずいちいち広報に載っている候補者の言い分なんて一字一句読まない。
つまり、どんなに立派な政策を訴えたとしても、よほど興味でもないかぎりじっくり読んではくれないのです。 いかに読ませるかというところがポイントになってきます。 読んでくれなければ、スタートラインにも立てないということになってしまいます。
いろいろなアピール
広報などをみると、限られたスペースにいかに自分の政策や理念を簡潔にポイントをしぼってわかりやすく伝えてられるかがみえてきます。
これにより、その人の頭の良さまで判断というのは少しオーバーですが、少なくとも、文字の大きさ、レイアウト、文章の読みやすさなどで、その人が自分の考えをきちんとわかりやすく説明できる力があるかというのがだいたいわかってしまうものです。
下手をすると候補者の能力や性格まで透けて見えてしまう広報
自分のスペースに、びっしりと小さな文字でいっぱい書き込んでいる候補者がいました。
虫眼鏡で見てもちょっと見るのが厳しいというくらい小さな文字で書かれていました。 そして、それでも読んでみると、なんか専門用語がでてきたり横文字が出てきたり・・・ 小さな文字を見た瞬間、この候補者は無いなと思ったのですが、案の定、内容も学者肌なのか、専門用語や横文字のオンパレード。
有権者に自分の考えをわかってもらおうという努力が感じられません。
それでもいいし、専門的なことがわからない人なんて相手にしないという候補者であれば、それはそれで自由かもしれませんが、ちょっと残念な気がします。
有権者の何人が、興味をもつだろうか。 ものすごく知識が豊富で、立派なことが書かれているかもしれないし、行動力もある人かもしれませんが、残念ながら興味すらわかないのです。
もう一人、すごく文字数が少ない候補者がいました。 箇条書きで4~5つぐらいの項目を挙げていましたが、簡単すぎて、しかもその内容をみると???というようなものばかり。
確かに読みやすいのですが、本当に深いところまで勉強していて、練りに練ってそこまで洗練して文字数をしぼっているとは思えないような内容でした。
もちろん選挙ですから、それが良いという人もいるとは思います。 広報にのせる候補者のアピールだけでも、いろいろと考えてみると、候補者たちの性格やクセなども見えてきて、なかなか面白いものだなと感じました。
似たもの同士ってなぜ惹かれるのだろうか
似たもの同士はなぜお互いに惹かれるのだろうか 新年度ともなり、新たな人間関係ができてくる時期ですが、よくよく観察してみると似たような感じの人でグループを作っていることが多いような気がします。
類は友を呼ぶ
『類は友を呼ぶ』という諺があります。
これはご存知のとおり、気の合う者や似通った者同士は、自然に寄り集まって仲間を作るものという意味です。
英語では、”Birds of a feather flock together”と言われます。 直訳すると、同じ羽毛を持つ鳥が集まるというような意味になります。
『類は友を呼ぶ』は、もし「騙す」「欺く」「嘘をつく」といったようなことを考えていたり、そういったようなことをしていると、やはり周りに似たような人物が近寄ってきてしまうということで戒めの意味にも使われることがあります。
新入社員やクラス替えの時
新入社員として新たに会社に入社したときや、クラス替えになったとき、何かのグループに入ったときなど、多くの人は、まず周りを見回して自分にふさわしいような人を見つけ、声をかけたりします。
逆に、気になる人がいて、お近づきになりたいと思ったならば、その人のコピー人間とまではいかなくても、しぐさを真似てみたりすると、仲良くなれる確率がアップするといわれています。
なぜならば、人間は自分と正反対のタイプの人間に対しては、まず警戒心が働いてしまいます。
ですからなかなか近づこうとするしません。 見た目の服装も全然違うし、話し方も違う、趣味もどうも違いそうだし・・・ 仲良くなれる感じがしないと最初から敬遠してしまうのです。
類似性の法則
ところが自分と同じような感じの服をきていたり、しゃべり方のトーンも似ていて、趣味も合いそうには好感を抱きやすいのです。
これは『類似性の法則』と言われています。
これを逆利用したのが、商談の時などに、しぐさを取引先の人に合わせて、同じようなしぐさをするとか、呼吸やしゃべるトーンを相手に合わせるといったテクニックがいろいろと紹介されているのです。
恋愛でも似たもの同士?
仕事のパートナーや友達レベルであれば、同じ夢をもつ同士・同僚とか、同じ大志を持っているグループ仲間、同じ趣味を持っている友達といった具合によくわかります。
ところが、恋愛ともなると、よく「相手には自分にないものを求める」とか「自分とは逆のタイプの人を好きになる」ということも言われます。
しかし、こうしたカップルをよく観察していると、根本的な部分では共感できる思考を持ち合わせていることがほとんどなのです。
また似たもの夫婦ではないですが、恋愛関係が深まっていくにつれて、知らず知らずのうちに2人が似てくるということもあります。
仲が良いと言っている似たような先輩や後輩に対して、ダメな自分が鏡映しされているみたいだと嫌悪感をもったり、すごく仲良さそうなカップルなのに周りからみていると性格はまるで真逆といったケースもあると思います。
しかし、根本的に大事なポイントは、思考の根本的な部分で共感できる何かをもっているということなのでしょう。
AIと人間の共存、得意なことと不得手なこと
最近AIという言葉がよく使われています。 チェスだけでなく、将棋や囲碁の世界でもAIがプロに勝ったなどとニュースになっています。
AIとは何ぞや
AIとは何ぞやと聞かれると、多くの人がAIつまり Artificial Intelligence の略だから人工知能だと答えると思います。
それでは人工知能とはどのようなものを言うのでしょうか?
AIと対照的なのが私達生き物の頭脳であり、いわゆる自然が生み出した頭脳ともいえます。
生き物の頭脳のことは、自然が生み出したものであることから、自然知能ともいわれます。
そしてこの自然知能をコンピューター上で実現させる情報処理メカニズムが、いわゆるAI(人工知能)になるのです。
AI研究が一時下火になったAIの決定的欠点とは
今ではAIの研究は盛んになり、人間の頭脳を上回り、それどころか人間がAIに支配される時代がそこまできているとさえ言われています。
実は、1950年代末には、人間と同等の知能をもつコンピューターをつくることなんか容易であると考えられていました。
まだ東京五輪前で、新幹線も開通していない時代。やっと関門トンネルが開通し、長嶋茂雄さんがプロ野球でデビューした頃の話です。
しかし、AIには決定的な欠点があり、それがネックになり開発は一時下火にもなりました。
AIの欠点、フレーム問題とは
そのAIの欠点とは、フレーム問題といわれるものでした。 私達が、犬をみれば、幼児でもすぐに見た瞬間に犬とわかります。
しかし、AIは犬を認識したときに、計算にあたり対象を厳密に定義する必要があるのです。
これを枠つまりフレームで囲って定義していくことからフレーム問題と言われています。
コンピューターは、犬というものに対して、この世界との関係のすべてを定義する必要がでてきてしまうのです。
犬は、動物である。
動物とはそもそも何?
4本足
足ってそもそも何?
尻尾がある
尻尾って何?
そんなところからすべてを定義しなければならないのですが、当然そんなことは不可能です。
こうしたフレーム問題がAIが発展する大きな妨げになったのです。
得意な計算や推論の分野で活路を見出されたAI
やがて、コンピューターが得意な計算や推論を重ねていくことで答えを導き出していくエキスパートシステムが開発され、コンピューターが専門家の能力が持てるものとしていろいろな企業で開発がはじめられました。
AIというと万能と思う人もいますが、そのデータを入力したりルールをインプットさせているのは人間です。
決められたルールの中では、無敵の威力を発揮するAIですが、人間の思考や行動は不確定要素も多く、ルールを超えたものに対しては答えが出せないのです。
初期の将棋ソフトなどは、予想しなかった手を打たれると、初心者でも打たないようなヘボな手を打ってきたり、意味のない手を繰り返したりします。
さすがにある一定レベルの将棋ソフトであればそんなことはないのですが、例えば藤井壮太さんの対局などで、相当不利と判断していた局面で、次の一手が指された瞬間、形勢が180度逆転してしまったりします。
つまり、プロの最高レベルの棋士が指す次の一手が予想できていなかったことになり、そういった面から、ルールの範囲内であれば抜群の記憶力と分析力で正しい答えが見つけられるものの、そのルールにないものに対しては全然ダメということなのです。
決められたルールの中では抜群の力を発揮するAI、AIと自然知能のそれぞれの特性を活かして、AIに使われるのではなく、うまく活用していけるようになっていくことを祈るばかりです。