ヒトは自分の利益より不平等に敏感?
世間にはよく思いやりのある人、自己中心的でわがままな人、いろいろいます。
また、同じ人間でも、時には自己犠牲的であったり、時には自己中心的であったりすることもあります。
これはいったいどういうことなのでしょうか。
よくも悪くも現代社会は、欧米や日本をはじめとるす多くの国々は資本主義社会になっています。
資本主義社会の原理原則といえば、『人は自分の利益を優先する』というところにあります。
しかし、みんながみんな自分の利益ばかりを優先していたら、社会は成り立たなくなってしまいます。
私たち人間は、時として自分の利益に反しても、モラル・社会秩序を優先しなければならない時のほうが多いかもしれません。
もし、そうでないのであれば、街中、泥棒と詐欺師でいっぱいになってしまうでしょう。
人間の本質をついて面白いゲームとは
人間の本質をついた面白いゲーム、それは『最後通牒ゲーム』というゲームです。
この『最後通牒ゲーム』による実験が行、面白い結果がでています。
どういうゲームかというと、ひと言で言えば、お金を二人で山分けするゲーム。
だたし、配分率の提示チャンスは一回だけで、もし提案を拒否したら二人とも収入が0円になってしまうというルールがあります。
つまり、100万円のお金があり、それを山分けするとした場合、相手が配分率を9:1にしましょう。
この相手の提案をあなたが受け入れれば、相手は90万円を手にし、あなたは10万円を手にすることができます。
しかし、もしあなたが相手にそんな90万円を渡すのは嫌だよ!ということで拒否してしまえば、相手は90万円手にできませんが、あなたも10万円を手にすることができません。
つまり、単純に考えれば、配分率が10:0でもない限り、あなたが拒否しなければ、相手に多くのお金が渡ろうとも、あなたも少しはお金を手にいれることができるので、拒否して0円になるよりはマシということになります。
自分の儲けだけを考えれば、1円でももらえれば拒否しないということになります。
もちろん、お金に困っていて、1万円でももらいたいという状況というのもあるでしょうが。。。
ところが理不尽な提示をされた場合、多くの人がその配分率を拒否します。たとえ自分の収入が0円になってしまってもです。
コイツだけに多く儲けさせるのは癪だ! 不公平で納得がいかない。そういったいろいろな思いがあるのでしょう。
もちろん拒否した理由は、純粋に善良な社会のためという立派な考えというよりは、相手に対する不満などからきていると思われます。
このように、人間という動物は、時として自分の利益よりも、全体的にみて公平かどうかということを優先することがあるのです。